大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)960号 判決

原告

株式会社公益社

右代表者

高井順一郎

原告

高井順一郎

右訴訟代理人

前哲夫

外三名

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右訴訟代理人

奥村孝

外二名

被告

株式会社神戸新聞社

右代表者

光田顕司

右訴訟代理人

山本登

主文

一  被告兵庫県は原告高井順一郎に対し、金二三万円及び内金二〇万円に対する昭和四九年一〇月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告高井順一郎の被告兵庫県に対するその余の請求及び被告神戸新聞社に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告株式会社公益社の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告高井順一郎と被告兵庫県との間に生じたものはこれを二〇分しその一を被告兵庫県の、その余を原告高井順一郎の負担とし、原告高井順一郎と被告神戸新聞社との間に生じたものは原告高井順一郎の負担とし、原告株式会社公益社と被告らとの間に生じたものは原告株式会社公益社の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因一項の事実〈編注―原告らの地位〉は被告らとの間で争いがなく、同二項の事実〈編注・原告高井の逮捕〉は、被告県との間では争いがなく、被告新聞社との関係では、〈証拠〉によつて認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二〈証拠〉によると、被疑者原告高井の逮捕原因となつた被疑事実は次のとおりであることが認められる。

(一)  被疑者高井順一郎は昭和四八年七月四日午後一〇時頃神戸市長田区鶯町三丁目一番一号の居宅入口において実弟である……高井省三(二三才)から同人が当時勤務していた被疑者経営の公益社に無断で電話を自宅に設置した事で同僚松本重夫と共に解雇されんとした事について抗議を受け、立腹口論の上木刀様物で同人の頭部左肩を殴るの暴行を加え、同人に対し加療一〇日間を要する頭部挫創、左肩打撲症の傷害を与えたものである。

(二)  被疑者高井順一郎は、暴力団山口組系佐々木組内雲井組幹部山中忠と共謀の上、被疑者高井が営む株式会社公益社の元従業員から退職金、業務妨害等でいいがかりをつけ退職金の返還損害賠償名下に金員を喝取しようと企て、昭和四九年二月一六日午後一〇時頃山中忠と共に神戸市灘区篠原北町一丁目一番一三号株式会社阿波弥に押しかけ、同社二階事務所において従業員横山信幸(四一才)に対し「金を払わんかい、退職金一七万円プラス利息それに仕事の妨害に対する損害賠償として二〇〇万円払え」と因縁をつけて金員を要求断わられるや「外に出ろ、金がないなら二〇〇万円の内金として車を持って帰る」と怒鳴りつけ、暴力団佐々木組を背景に若し右要求に応じなければ明石方面に連れ出していかなる危害を加えられるやも知れない旨畏怖させ同人から損害賠償名下に金品を喝取せんとしたが、現場に警察官が来たため、その目的を遂げるに至らず未遂に終りたるものである。

三違法捜索について

(一)  〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができる。

1  灘警察署刑事課刑事係長司法警察員警部補山中徳市は、昭和四九年七月一一日午前一〇時前頃その指揮下にある数名の警察官と共に前述の逮捕状及び「被疑者氏名 高井順一郎」「罪名 傷害」「捜索すべき場所又は物 神戸市灘区(長田区の誤記である。)鶯町三丁目一番地の一高井順一郎方居宅、本人使用中の自動車」「差し押えるべき物 犯行に使用した木刀様物一本」と各記載ある神戸地方裁判所裁判官発布にかかる捜索差押許可状一通を所持し、右各令状を執行すべく、右傷害事件の被害者である省三の案内で被疑者原告高井方に赴いたところ、捜索すべき場所である原告高井方居宅前付近において、省三から約一〇〇メートル下に原告会社事務所がある旨の教示を得た。そこで、山中警部補は指揮下にある警察官を二組に分け、自ら率いる一組は予定どおり原告高井方へ向い、もう一組の沢井利臣巡査部長と池奥義和巡査を原告会社事務所へ向かわせることとし、沢井巡査部長らに対し原告会社事務所において原告高井の所在を確認し、本人が居たら任意同行を促すか、若しくは逮捕状の緊急執行をなし、さらに、捜索許可対象物である自動車を確認し、発見すれば強制捜索をなし、木刀様物一本を差し押えるべきことを指示したが、右各令状は自らが所持していた。

2  山中警部補ら一行は同日午前一〇時頃原告高井方居宅内に入り、すぐ同原告を発見したため逮捕状を示して逮捕した。逮捕後直ちに逮捕の事実を原告会社事務所へ向つた沢井巡査部長へ知らせるため、部下一名を同所に走らせた。その後捜索差押許可状に基づき、木刀様物一本の捜索に入つたが、間もなく原告高井の妻からその所在を示されたのでこれを発見差し押えた。

3  一方、沢井巡査部長らは原告高井方から約一三〇メートル離れた同区同町一丁目二四番地の一の原告会社事務所へ赴きほぼ同時刻頃同所に到着するや、事務所内へ入つた。事務所内には相前後して二ないし三名の従業員が在室したが、同人らに対し捜索すべき自動車の所在を質問したところ、二、三日前故障したので灘区の修理業者松井自動車へ修理に出している旨返答を得た。沢井巡査部長らは相前後して従業員らに対し、なんの目的でなにをするのか全く説明しないまま、事務所内の四卓の事務机の一部の引き出しを開け、その内部の書類等の内容物を点検し、取り出して調べ、屑かごを探り、事務所内を見分するなどの所為に及んだ。若干おくれて出勤してきた従業員の一人山口功は、自ら専用している事務机の引き出しが開けられようとするのを目撃したので、沢井巡査部長らに対し、「これだれの机や。何を捜しとんねん。なんでそんなことするねん。令状持つてるんか。」などと甲し向けたところ、沢井巡査部長らは「ちやんと捜査にきておる。(令状は)上にある。」などと応酬していたが、右山口からさらに執拗に令状の呈示を求められるや、右所為を中止した。その間原告高井逮捕の情報を得ていたものの、未だ木刀一本差押の情報に接していなかつた沢井巡査部長らは捜索すべき自動車、差し押えるべき木刀様物一本を求めて右西井自動車へ向つた。

以上の認定に反する〈証拠〉の一部は採用し難い。

(二)  本件捜索差押許可状に基く強制捜索の場所又は物は、原告高井の居宅と同人使用中の自動車のみであるから、灘警察署警察官らは原告会社事務所内を強制捜査すべきいかなる権限もないことは明らかである。被告県は原告会社事務所内における沢井巡査部長らの行動は任意捜査である旨主張する。しかしながら、沢井巡査部長らは従業員らに対し目的も告げずに一方的に事務机の引き出しを開け、内容物を取り出し、点検したものであり、従業員らは右所為を積極的に協力し或いは承認したとは到底認められないことはもとより、従業員山口が「なんでそんなことするねん。令状持つてるんか。」などと申し向け、令状の呈示を執拗に要求した状況からして、沢井巡査部長らの右所為に対する拒否の態度は明瞭に表示されたものとみるべきであり、また沢井巡査部長らは令状の呈示を求められた際、「上にある。」と応酬したことからして、自らの行動を令状に基くものであると考えていたのではないかとも疑われるところである。そして、右行動目的につき、被告県は捜索すべき自動車の鍵を捜していた旨主張するが、屑かごを探り、書類を調べる行動傾向からして右主張は到底採用し難く、ほかに合理的目的をもつた行動であり、右所為に及ばざるを得なかつた必要性も緊急性も全く認め難い。そうすると、沢井巡査部長らの原告会社事務所内での諸所為は、憲法上不可侵を要求される場所での任意捜査の限界を逸脱し、憲法三五条、刑事訴訟法二一八条に違反する違法な捜索たるを免れない。

(三)  (責任原因)

沢井巡査部長及び池奥巡査の右行為は公権力たる警察権の行使にあたり、捜査の基本原則である令状主義に反する過失に基くことは明らかであるから、被告県は右違法行為によつて発生した損害を国家賠償法一条により賠償すべき義務を免れないというべきである。

(四)  (損害の有無)

ところで、本件違法捜査の直接の被害者は違法捜索の対象となつた原告会社であり、原告会社が被つた財産上及び無形の損害の賠償を請求し得べきことはもとよりであるが、直接の被害者ではない原告高井は、特段の合理的事情のない限り民法七一一条の趣旨及び逮捕相当因果関係の範囲外にあるものとして損害賠償を請求することはできないものと解すべきである。原告会社が小規模な会社であり、原告高井が原告会社の代表取締役として、原告会社を捜索されたことにより非常な屈辱感を受けたとしても、右事情のみをもつてしては損害賠償請求権を是認することはできない。

(五)  そうすると、原告高井の原告会社に対する違法捜索に基く被告県に対する慰藉料の請求は、理由がないというべきである。

四名誉損害について

(一)  (本件名誉毀損に至るまでの経緯)

〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  原告高井は、昭和四七年一〇月二七日親族らと共に葬儀業を目的とする原告会社を設立し、代表取締役に就任したが、原告会社の業績は順調に推移し、人手不足をきたしたことから昭和四八年三月頃弟省三を従業員として雇用した。ところが、原告高井は同人が無断で自宅に電話を架設したことに立腹し、同年七月四日同人を木刀で殴打して傷害を負わせた上、同人及び他二、三名の者を退職せしめた。省三はこの仕打に対して大いに立腹し、原告高井を見返すべく、同人に同調する原告会社の役員従業員の一部と共に、同年八月一日神戸市灘区篠原北町一丁目一番一三号に葬儀業を目的とする株式会社阿波弥を設立したため、原告会社と競業関係に立つに至つた。省三は右設立に際し、その商号を受益社とする予定であつたが、原告高井から、「その屋号でやるなら女房を事故に遇わしたる。」などと申し向けられるに及んでこれを断念した。阿波弥は設立当初殆ど仕事がなかつたものの、同業の六甲社こと草部某から葬儀用具と神戸市内の数か所の病院を得意先として譲り受けてから隆盛に向つた。ところが、省三はその頃原告高井より、「お前の仕事の現場に行つて妨害したる。」などと電話で申し向けられた。

2  昭和四九年一月一〇日阿波弥の得意先の西外科病院外数か所の病院の玄関、壁、垣、付近電柱等に乙第三五号証と同一内容のビラ(後述のAビラ)多数がベタベタと糊付けで貼り出されたのをはじめ、同年四月頃にAビラ及び乙第三一号証の二と同一のビラ(後述のCビラ)、同年七月には数回にわたつて乙第三一号証の一と同一のビラ(後述のBビラ)が神戸市内の阿波弥の得意先病院多数に貼り出され、同月三日までに限つても一〇〇枚近くに及ぶものである。右各種ビラはいずれも縦横が25.5センチメートル、36.5センチメートルの白紙に記載されていたもので、その内容は次のとおりである。

(1) 乙第三五号証と同一内容のビラは、「患者の皆様へ」という大きな見出しのあとに、「昨今の医療の荒廃は見るに耐えません。病院は指定の名のもとに葬儀屋とむねを通じ患者家族の経済に一層の負担をかけさせています。葬儀屋は指定病院の関係者に金品を贈りその分家族に負担がかかります。又一方寝台車にヤミ(白ナンバ営業)を使い、不当な料金をふつかけています。病院は、本来患者の健康回復に務めるべきにもかかわらず金もうけ第一主義に走っています。そのよい例が指定葬儀屋でございます。医療費でもうけ、その上葬儀屋よりのリベートでまるまるふとる医療関係者、世の中何かさくばくとした一抹の不安を感じます。

昭和の世直しをはかる会 有志一同」と印刷されている。(以下Aビラという。)

(2) 乙第三一号証の二のビラは、「当院指定葬儀店、葬儀店阿波弥 当院へ(事務長・看護婦長)リベートを払う為その分のみ割高ですが何卒ご了承下さいます様お願い申し上げます。昭和四九年九月 ◎我々従業員一同心より皆様にご同情申し上げます。 患者各位殿」と墨筆によつて手書されている。(以下Cビラという。)

(3) 乙第三一号証の一のビラは、「患者家族の皆様へ」という大きな見出しのあとに、「当院に於て死亡の節は何卒看護婦、事務所迄お申し出下さい。当院指定の葬儀社が御自宅迄御遺体を搬送迄致します。御葬儀もお引受致します。但し当院へのリベート(金品の贈物)が必要な為その分だけ搬送料又は葬儀費用が高くなりますが何卒ご了承下さいます様お願い申し上げます。当院指定葬儀店」と印刷のあと、大きなゴム印によつて「(株)阿波弥」と押捺された印影が顕出されている。(以下Bビラという。)

3  その間の昭和四九年二月一六日前述の恐喝未遂の嫌疑を受けた事件が発生し、その後省三は原告高井から、「阿波弥をつぶされたくなかつたら、三分の一の株とリンカーンを渡せ。」「横山をやめさせるか、阿波弥を松本と横山に譲つて、お前は公益社に戻れ。」との旨のことを申し向けられたが、いずれも拒否した。

4  省三は従前からの経緯及びCビラが原告高井の筆跡によるものであるとの判断などから、右各ビラ貼りは原告高井の所為によるものであると判断し、灘警察署に対し被害申告と取締方を要求した。同署刑事課は右申告に基き偽計による業務妨害罪として捜査に着手し、原告高井を容疑者として着目していたものの、各ビラがどこで印刷され、誰が貼り出したかという点について全く裏付けがとれない状況であり、内偵を進めていた。

5  ところが、昭和四九年七月初旬頃、阿波弥の自動車のタイヤがパンクさせられる、夜間石を投げ込まれる、いやがらせをされるという被害が発生し、一方原告会社の自動車のタイヤがパンクさせられる、オイルタンクに砂を混入させる、配線を切られるなどの被害が発生し、省三と原告高井は互いに相手方の所為であると断定して非難を応酬し、両者間の紛争は益々エスカレートし、同月一〇日夜から翌一一日未明にかけて、原告会社では阿波弥からの襲撃を虞れて原告高井と従業員らが不寝番で警戒し、一方、省三は自宅及び阿波弥事務所の窓ガラスを投石で割られ、自動車タイヤ五本をパンクさせられたため、その旨を灘署に被害申告し、さらに原告高井から電話で「猟銃を持つて行つて皆殺しにしてやる。」旨申し向けられたとして同署に保護を願い出るまでになつた。ここに至つて、同署刑事課長下津秋夫は情勢が緊迫し、放置した場合の危険を顧慮して原告高井を逮捕するべく方針を固めた。その結果前述の逮捕に至つたものである。

以上の認定に反する証拠はない。

(二)  (名誉を害すべき行為)

〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができる。

1  下津刑事課長は昭和四九年七月一一日原告高井を逮捕後、右事件は新聞記者に発表するに親しまないものと判断し、新聞記者を避けるためもあって午後四時頃帰宅した。ところが、毎日新聞の記者から電話で右事件内容の発表方を求められたため、灘警察署長の指示を受けた上、山中警部補に対し電話で原告高井逮捕の事実と逮捕原因となつた傷害及び恐喝未遂事件の内容を恐喝未遂事件の共犯者容疑のある山中忠が山口組系暴力団員であるという事実を出さないことを条件に発表しても良い旨の指示を与えた。

2  山中警部補は同日夕刻灘署刑事課の部屋で毎日新聞社の町田及び近藤記者に対し、下津刑事課長の指示どうり原告高井逮捕の事実、逮捕原因となつた被疑事実及び右事件の概要を発表し、恐喝未遂事件の共犯容疑者山中忠の氏名と暴力団員であることは記事として掲載を制限するいわゆるしばりを求めた。その後、右記者ら及びその頃発表の席に加わつた被告新聞社の西村裕記者に対する事件の詳細の発表を、原告高井逮捕に同行し、同夜宿直当番であつた同課所属の上石昇巡査に指示した上で帰宅したが、その際、下津刑事課長からの発表事項制限の指示を暴力団関係事項を除いて同巡査に伝達したかは明らかではない。

3  上石巡査は引き続き右事件内容を発表し、新聞記者からの質問に応じていた。ところが、下津刑事課長の設定した発表制限事項の内、暴力団関係事項についてのしばりを要求したものの、それ以外の制限を一切逸脱し、原告高井は阿波弥が業績を挙げているので厭がらせのため色々妨害行為をし、その一つとして、阿波弥の出入りしている灘の金沢病院など神戸市内の病院数か所に悪質なビラを貼つた旨断定的に発表し、その根拠としてBビラ一枚を示し、さらに右記者らの求めに応じて原告高井の顔写真とBビラの複写を認めた。その結果、翌一二日付神戸新聞の朝刊に別紙新聞切り抜の記事が掲載された。

4  右記事は七段で、一段目が一七センチメートル、二ないし四段目が9.5センチメートル、五ないし七段目が1.5センチメートルで、五段三行の見出しを掲げ、第一行目に「病院内に悪質ビラ張り」(四倍明朝体)、二行目に「同業の弟いじめ」(七倍ゴヂック体)、三行目に「葬儀社社長を逮捕」(五倍明朝体)と各記載され、続いて三段三行の前文に、「実弟が葬儀会社を設立したのに腹を立て『患者のみなさん、死亡のさいは当葬儀社へ。ただし料金は割高』というビラを実弟の葬儀社名で病院に張り出すなど、あの手この手のいやがらせを続けていた葬儀会社社長が十一日、灘署に恐喝、傷害の疑いでつかまつた。」と記載され、続いて本文の前に一段で原告高井の顔写真を載せ、その下に「逮捕された高井順一郎」と説明文を付し、本文には原告高井が逮捕されたこと、逮捕被疑事実の概要と若干の補足的説明を受けて、三段目から四段目にかけて一二行にわたつて、「このほか阿波弥の営業を妨害するため、同社の出入りしている神戸市内の病院数ケ所に阿波弥名義のビラを張り『………Bビラの全文を記載………』といういやがらせまでしており、同署では業務妨害の疑いで追求する。」と記載されている。以上の認定に反する〈証拠〉の一部は採用し難い。

以上認定の事実からして、上石巡査の発表及びその結果としての被告新聞社発行にかかる神戸新聞の記事は、原告高井の犯罪事実に関するものであつて、直接的に同原告の名誉信用を害すべき性質のものであることは明らかである。

(三)  (違法性等)

そこで、被告県及び被告新聞社の抗弁について検討する。刑事事件の捜査を担当する警察官が新聞等の報道関係者に対し事件内容を発表することにより、また新聞社がその発行する新聞に記事として掲載した上で販売することにより、他人の名誉信用を毀損する結果を惹起した場合でも、それが公共の利害に関することであり、もつぱら公益を図る目的の下になされた場合において、発表掲載にかかる事実が真実であることが証明されたときは違法性を欠き、或いは真実の証明がなくとも、その事実を真実と信ずるにつき相当な理由があるときには、故意及び過失がないと解すべきである。

1  〈証拠〉によると、灘警察署は逮捕原因となつた傷害及び恐喝未遂事件につき神戸地方検察庁に送致し、同検察庁は恐喝事件については不起訴処分とし、傷害事件については神戸簡易裁判所に略式起訴し、同裁判所は原告高井に対し罰金二万円の刑を科したこと、ビラ貼りによる業務妨害事件については未送致であることが認められ、右認定に反する〈証拠〉は採用し難い。右業務妨害事件は未だ公訴の提起せられざる人の犯罪行為であるから、刑法二三〇条の二の二項の趣旨及び神戸市内の病院多数に悪質なビラが多数貼布されるという事案の性質からして、公衆の耳目に供することにより、警鐘と批判の材料を提供するに値する題材として公共の利害に関するものであるというべきである。そして、上石巡査がことさら原告らの名誉信用を害する意図や目的を持つていたと窺わせるいかなる証拠もない以上、もつぱら公益を図る目的であつたものと推認することができる。また、被告新聞社の本件記事はその内容及び証人西村裕の証言からして、ことさら原告らの名誉信用を害する意図や目的を窺うことはできず、もつぱら公益を図る目的をもつて西村記者が取材し、右記事の掲載された新聞が発行されたものと認めるべきである。右各認定に反する証拠はない。

2  そこで、上石巡査の右発表及びその結果としての本件記事に真実性の証明があるか否かについて検討する。

(1) Cビラについて

〈証拠〉によると、乙第三一号証の二のビラは昭和四九年四月中旬西外科病院に貼布されたものを省三が剥離し、これを同年七月一一日灘警察署警察官に任意提出し、領置されたものであることが認められる。従つて、Cビラと乙第三一号の二のビラは同一のものである。まず、乙第三一号証の二の成立について検討すると、乙第七、第一四、第一五号証、丙第一号証の四、五はいずれも原告高井の親族らの調書であるが、乙第三一号証の二の筆跡が原告高井のものである旨一致して記載されているのみならず、成立に争いのない乙第二九号証の一・二、第三〇号証の一・二の鑑定書によると、原告らが原告高井作成であることを自認する乙第三四号証、第三六ないし第三八号証と同一筆跡である旨の結論を出しており、右証拠の証拠価値を減殺するいかなる理由も見出し難いことからして、乙第三一号証の二(Cビラ)は原告高井が作成したものであると認められ、右認定に反する原告(代表者)本人尋問の結果は到底措信し難く、ほかに右認定を妨げる証拠はない。原告高井が作成したCビラが西外科病院に貼布されていたことからして、特段の反証のない以上原告高井が直接或いはその指示により何者かが貼布したものと推認する重大な間接事実であり、以下の諸点をも併せ考えると、これを積極的に認定し得るところである。即ち、(イ) 原告高井及び原告会社と省三及び阿波弥との間には従前から紛争が継続し、その原因が同業者として競業関係に立つものであつたこと、(ロ) Cビラは明らかに阿波弥の業務を妨害する目的の下になされたと認められること、(ハ) 阿波弥の業務をCビラを貼布してまで妨害せんとする者の存在につき、原告(代表者)本人は寝台車業者が指定葬儀社制に極めて強い不満を持つていた旨供述するが、それ故に阿波弥の得意先病院にビラを貼布して業務を妨害するまで紛争が高じていたとまで認めるに足りず、他にその存在を窺わせるいかなる証拠もないこと、(ニ) 乙第四号証には、原告高井が「阿波弥にビラを貼つてつぶしてやる。これからもやる。」「ビラを配れというのに貼つたんや。」「ビラは俺が貼つてない。坂口(原告会社役員)が貼つたことや。」と述べた旨の記載があり、右記載は省三の供述に基くものであるからその信ぴよう力を減殺して考慮しなければならないとしても、なお捨て切れない証拠価値があること、(ホ) 後示のCビラに関する認定事実を総合考慮したものである。

以上説示のとおり、Cビラは原告高井が作成した上、直接或いはその指示により何者かが昭和四九年四月中旬西外科病院に貼布したものである。以上の認定に反する証拠は原告(代表者)本人の供述しかなく、右供述は右認定に徴して措信し難いものである。

(2) Aビラについて

乙第三五号証が原告高井作成にかかるものであることは原告らの自認するところであり、〈証拠〉によると、原告高井は乙第三五号証を作成するにつき自ら原稿を起案し、昭和四八年一二月二二日、原告会社従業員に一〇〇〇枚印刷することを命じ、同人が文房具店扇兄弟商会に依頼し、同商会が青野印刷店に依頼して一〇〇〇枚刷り上げ、同月二七日納品したもので、同商会の扇信三郎が保管していた乙第三五号証である刷り上り見本一枚と原稿を同四九年七月二五日灘警察署員に任意提出し、領置されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。〈証拠〉を総合すると、乙第三五号証と各病院に貼布されたAビラとは外形上ほぼ同一のものであることが認められる。ところが、原告(代表者)は乙第三五号証とAビラの相似性は認めつつもその同一性を否定し、その紙質が異なる旨供述する。もとより、第三者が乙第三五号証のビラを参考にしてそれと似たものを印刷させた可能性を全く否定し去ることはできないとはいえ、(イ) その可能性を若干でも肯定するに足る証拠のないこと、(ロ) 原告高井が作成貼布したと認められるCビラと同時に貼布されたものであること、(ハ) Aビラの文書自体直接的に阿波弥を中傷するものではないといえ、阿波弥の得意先病院に貼布することにより、その違法性の存否は格別、阿波弥の業務を妨害する結果を惹起するものであること、(ニ) 貼布された病院が阿波弥の得意先病院に限定されていることを偶然の一致として看過することはできないこと、(ホ) そして、Cビラに関する認定の諸点を総合考慮するならば、乙第三五号証とAビラは全く同一のものであり、Aビラは原告高井が作成した上直接或いはその指示により何者かが昭和四九年一月一〇日、同年四月中旬頃神戸市の病院数か所に貼布したものと認められる。右認定に反する証拠は原告(代表者)本人の供述しかなく、右供述は右認定に徴した措信し難い。

(3) Bビラについて

〈証拠〉によると、乙第三一号の一などのビラは、省三が昭和四九年七月初旬神戸市内の各病院に貼布されたものを剥離し、灘警察署員に任意提出し、領置されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、Bビラと乙第三一号証の一などのビラは同一のものである。Bビラを誰が貼布したかについて、(イ) BビラについてもCビラに関する(イ)ないし(ニ)の説示と同様の事情を認めうること、(ロ) ACビラは原告高井が作成貼布したものであり、BビラもACビラと同様、阿波弥の業務を妨害する目的の下に貼布されたものであること、(ハ) Bビラも阿波弥の得意先病院のみに貼布されたこと、(ニ) BCビラの内容は共通部分が多く、文字、用語の使い方「「為」「何卒」「ご了承下さいます様お願い申し上げます。」)も酷似していることを考慮するならば、Bビラも原告高井が直接或いはその指示の下に何者かが貼布したのではないかとの疑惑を否定し去ることができないとはいえ、本件全証拠によつても未だ原告高井がBビラを作成したと具体的に認めるに足る証拠がない以上、未だBビラの貼布が原告高井の所為であると断定することはできない。

以上説示のとおり、原告高井がACビラを貼布したことについて、合理的な疑いをいれない程度に真実の証明はあつたが、Bビラについては、原告高井の所為ではないかとの疑惑を否定し去ることはできないとはいえ、未だ合理的な疑いをいれない程度に真実の証明があつたとはいえない。

そうすると、第一点として、上石巡査は新聞記者に対し、原告高井がACビラのいずれでもないBビラを神戸市内の病院数か所に貼布した旨断定的に発表し、Bビラの写真撮影を許可し、その結果、本件記事にBビラの全部が掲載された上、原告高井が貼布した旨断定的に報道されたこと、第二点として、Bビラと原告高井が作成したCビラを対比すると、内容において共通する部分があり、悪質さに軽重を付け難いとはいえ、Cビラは手書きで西外科病院一か所に一通或いは極く少数貼布されたにすぎないのに反し、Bビラは印刷され、神戸市内の病院数か所に多数貼布されたものであり、情状において重大な差異があることに真実性の立証がなく、違法性があるというべきである。

3  次に、上石巡査の過失の存否について検討する。

捜査中の事件を発表する場合、被疑者の名誉信用を不当に害することのないよう慎重な配慮が求められ、発表段階で得られた捜査資料を総合し、捜査官として通常払うべき注意義務に基いて首肯するに足る結論を、相当な方法と表現により発表した結果が、真実に符合しない場合、他の諸要件を具備した上で過失責任を免れ得べきことがあるというべきであるが、捜査官の単なる主観的嫌疑に基いて断定的に発表し、これが真実と符合しない場合は過失の責を免れないというべきである。ACビラ作成貼布者の認定に関する前掲〈証拠〉によると、上石巡査が新聞記者に対しBビラに関する発表を行つた昭和四九年七月一一日の段階では、ACビラについてすら原告高井が作成貼布したと認めるに足る証拠はなく、ACビラにつき真実性立証の重要な証拠となる作成者の裏付けがとれたのは、早くとも、Aビラについては乙第二二、第二三号証の作成日である同月二五日頃、Cビラについては乙第二九号証の二の作成日である同五〇年一月二五日であり、発表時点における捜査資料は、ビラの存在、省三の被害申告に基く主観的な推断、原告高井と省三間の対立抗争の事実のみであり、原告高井がBビラを貼布したと断定するに足る捜査資料は未だ得ておらず、必要な捜査も遂げていなかつたものであり、右事件の担当責任者である灘警察署刑事課長及び係長も同様の判断であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。下津刑事課長は新聞記者に対する発表事項を制限したにも拘らず、右制限指示が十分上石巡査に伝達されなかつたか、同巡査が失念したものか明瞭ではないが、一巡査である上石に新聞記者に対する発表を委ねたことに問題があつたといわなければならない。上石巡査の新聞記者に対する発表は、捜査官として当然なすべき注意義務を怠り、単なる主観的嫌疑に基いて断定的に発表した過失の責を免れることはできない。

4  被告新聞社の過失の存否等について検討する。

〈証拠〉によると、本件記事中前文及び本文は、西村記者がもつぱら上石巡査の発表を真実と誤信した結果を起稿し、記事として掲載されるに至つたものであることが認められる。〈証拠〉によると、西山記者と共同で取材に当たつた毎日新聞の町田記者は上石巡査のビラ貼りの件についての発表に関し、兄弟喧嘩はむづかしいから、はつきりした証拠はないのかと質したところ、同巡査はCビラを示したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実からすると、上石巡査の発表に関し一応の疑念を示し、念押しをしたことが認められるものの、その際上石巡査が一巡査であり、ビラ貼りが余罪であることを考慮に入れて、ビラ貼りについての原告高井の態度、Cビラと原告高井を結び付ける証拠の有無を質し、或いは事件担当の責任者である刑事課係長に念押しするという手段を構じいれば、誤報を未然に防止し得たというべきである。しかしながら、上石巡査は一巡査とはいえ、該事件捜査の担当者であり、同巡査の発表を刑事係長、同課長、署長と順次の指示に基いて行われた社会通念上信頼度の高い情報であり、一応の念押しをした事情を斟酌し、新聞報道の迅速性、事実探知能力の限界、被疑者である原告高井は当時逮捕されており、直接取材することが事実上不可能であつた事情を考慮するならば、西山記者が上石巡査の発表を真実と誤信したにつき相当の理由があり、同記者の過失を認めることはできない。

〈証拠〉によると、見出しは被告新聞社の整理部が付けたことが認められる。三行の見出し部分中、一行目の「病院内で悪質ビラ張り」の文言については、前述のとおり真実性の立証はないが、真実であることの誤信に相当理由があり、二行目の「同業の弟いじめ」の文言については、甲第一号証の本件記事、原告高井の前述の諸所為を総合するならば、弟いじめの側面のあることは否定し難く、違法なものではなく、三行目の「葬儀社社長を逮捕」の部分は真実性の立証があることは前述のとおりである。以上検討した如く、見出しの一行一行の文言についてはいずれも違法性及び過失性はないというべきであるが、原告らは、右見出し部分のみを読むと、あたかも原告高井がビラ貼りの件で逮捕されたかの如き真実と異なる印象を一般読者に与える旨主張する。新聞記事の報道内容を判断する場合、一般の読者の普通の読み方を基準とし、これによつて一般読者が当該記事から受けるであろう印象事実によるべきであるが、その際見出し部分が読者に対し、一方では記事全体の先入感と読了感を形成させやすいということに留意し、他方では、一般読者中には見出し部分のみを見て印象事実を形成する場合のあることは否定し難いものの、一般的に見出し部分は、本文を読むに値する興味ある事件内容であるかどうかの判断材料とするものであり、見出し部分のみで印象事実を形成することは稀であり、一般的な読み方とはいえないというべきである。従つて、見出し文言が一般読者の読文意欲を刺激するためのあまり、本文と遊離し、興味本位、作為的、侮辱的、センセーショナルな惹句を羅列したものである場合、それ自体独立の名誉毀損の対象になるというべきであるが、そうとは認め難い本件の場合は、本文をも併せ読み、その結果形成される印象事実によつて判断すべきである。本件見出し文言三行のみを読めば、原告高井がビラ貼りの件で逮捕された印象事実を形成される危険性があり、それだけに見出し部分に、余罪を、余罪であることを明示せぬまま掲記する構成には問題があるとはいえ、前文及び本文をも併せ読むならば、ビラ貼りの件で逮捕されたものでないことは二義を許さない程明瞭になるから、右見出し部分も違法性及び過失性は認め難い。

(四)  (責任原因)

上石巡査の誤断に基く報道機関に対する発表は、警察事務の執行に当たるものと解すべきであるから、被告県は国家賠償法一条によつて損害を賠償すべき義務がある。

(五)  (損害)

1  (原告高井)

上石巡査の発表の結果、神戸新聞に本件記事が掲載されたが、弁論の全趣旨によると、神戸新聞は発行部数が約三〇万部を数える兵庫県下の地方新聞として著名な存在であることが認められる。本件記事の結果、原告高井が一般読者をして、あたかもBビラを神戸市内の病院数か所に多数貼布したものと誤信せしめられたことによる精神的苦痛を被つたことは明らかである。ところで、本件記事の誤報部分は、甲第一号証から明らかなとおり、その全体に及ぶものではなく、見出しの一行、前文及び本文四三行中一二行であり、その余は真実性の立証があるか或いは本件で問題視されていない同原告の刑事事件に関することであり、また同原告がBビラを貼布した件については真実性の立証がないとはいえ、Bビラと共通部分の多いCビラを貼布するという同種行為をしていた事情、そして本件にあらわれた諸事情を総合考慮するならば、その慰藉料は金二〇万円をもつて相当というべきである。原告高井は謝罪公告の掲載を求めるが、前述の諸事情を総合考慮すれば、同原告に対する名誉回復の措置としては、慰藉料の支払をもつて足り、さらに謝罪公告の掲載をさせる必要性はないというべきである。弁護士費用の点についてみるに、本件にあらわれた諸事情を考慮すると、被告県が負担すべき弁護士費用の損害は金三万円と認めるのが相当である。

2  (原告会社)

本件記事は直接的に原告高井の名誉を毀損するものであるとはいえ(前述三(四)参照)、同原告の地位及び身上として原告会社名が掲載され、競業関係にある省三経営の阿波弥との対立抗争という側面もあるからして、直接の被害者ではない原告会社にも相当因果関係の範囲内にあるなんらかの損害が発生している可能性を安易に否定することはできない面もある。しかしながら、原告会社主張の財産上の損害について検討するに、原告(代表者)本人は、原告会社は本件記事掲載前の昭和四八年四月から一年間相当額の収益をあげていたものの、右掲載後の同四九年四月から一年間欠損を出すまでに至つた旨供述し、右供述の結果真正に成立したと認められる甲第一〇号証と第一一号証を対比すると右供述に符合する記載があるとはいえ、右供述及び記載を直ちに信用するに足るものとは認め難いし、減収があつたとしても、これがひとえに本件記事のしかも誤報部分の結果であると断定するに足るいかなる証拠もないにとどまらず、本件記事の誤報部分の結果被つた相当因果関係の範囲内にある原告会社の財産上の損害が発生したとの立証も未だ存在しないというべきである。原告会社は謝罪公告の掲載も求めるが、前述の諸事情就中財産的損害も認め難く、直接の被害者とも認め難い事情等を総合考慮すれば、謝罪公告を掲載させる必要はないというべきである。弁護士費用の請求についても、同原告の財産的損害、謝罪公告の請求がいずれも排斥された以上、本件名誉毀損行為に基く損害とは認め難い。

五結論

以上の次第であるから、原告高井の被告県に対する本訴請求は金二三万円及び弁護士費用を除く内金二〇万円に対する訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求及び被告新聞社に対する請求並びに原告会社の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言は付さないのを相当と認め、それぞれ主文のとおり判決する。

(渡部雄策)

謝罪公告〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例